1 ばーど ★ :2023/08/22(火) 22:49:22.18 ID:xhgCHqqL9
夢の開発プロジェクトがなぜ頓挫したのか。三菱航空機の元社長の川井昭陽氏が、当時の胸中を明かしました。
三菱重工が国産初のジェット旅客機として開発を決めたのが「三菱リージョナルジェット(MRJ)」です。
100席以下の小型機ながら、部品点数は車の30倍にあたる約95万点。県営名古屋空港を開発拠点にした夢の国産ジェット旅客機の生産は、この地方に新たな基幹産業の誕生を期待させるものでした。
しかし度重なる設計変更で、プロジェクトは6度にわたって計画延期。2019年には名前から三菱の“M”の文字も消えました。そして2023年2月、開発中止を発表しました。
■1枚の紙がMRJ計画破綻の引き金に
MRJの計画が破綻した原因は「たった1枚の書類のため」です。三菱航空機の元社長、川井昭陽氏に話を聞きました。
三菱航空機 川井昭陽 元社長:
「これ(画像)が型式証明ですね。この1枚を取るために皆さん苦労しました」
三菱重工が1980年代に開発したビジネスジェット機「MU-300」に対してFAA(アメリカ連邦航空局)が発行した型式証明書です。型式証明とは、旅客機の安全性を証明するための審査で、その飛行機を飛ばす国ごとに申請して認可を得ないといけません。
川井元社長:
「飛行機を作るのは、そんなに難しいわけではない。ただ型式証明を取る段階になるとそれは全然違う技術になりますから」
■たくさんのアメリカ人の助けを受けた
(略)
■FAA以上の実力を持つボーイングのOBを集めた
(略)
■三菱航空機の技術者たちとの間に生まれた溝
2014年、機体の完成を祝うロールアウト式典に川井元社長の姿がありました。この式典で川井元社長は「MRJの開発に向かって邁進していく」と意気込みを語ります。
しかしその晴れの日でさえ、量産化への道筋が見えていなかったと当時を思い返します。
川井元社長:
「『本当にできるのかな』というのは正直ずっと不安を持って過ごしていました。何から手をつけていいのか分からないような状況です」
不安の原因は、開発の現場にありました。苦労の末に招き入れたボーイングのOBたちと、三菱航空機の技術者たちとの間に、溝のようなものを感じていたと川井さんは話します。
■技術者たちは「うぬぼれていた」のでは
川井元社長:
「そのすごさが教わる側が分かっていれば、ちゃんと聞くんですけど、私がいろいろなことを言っても、彼らは『自分のやり方でやります』とはっきり言うとそういうタイプ。その当時の技術者は“うぬぼれ”があったのではないかという気がしています。
飛行機としてはいい飛行機を造ってくれます。いわゆる履き違えていたんです。飛行機を造ることと、安全性を証明していくことは違うことなのが分かっていなかったんだと思います。やっぱり謙虚さに欠けていたところがあると思います」
開発に費やした事業費は約1兆円。結局、MRJの型式証明は申請から約15年をかけても取得することができませんでした。
川井元社長:
「完成機はもうないと私は思っています。しばらくは…。これは国家的な損失だと思います。世界における日本の地位がどんと下がりましたから」
全文はソース先で
8/22(火) 20:19 テレビ愛知
https://news.yahoo.co.jp/articles/77ab20d8d15d3c2daf7e9b67d4b893305b92922c
(出典 newsatcl-pctr.c.yimg.jp)
MRJの最大の敗因はアメリカの嫌がらせを避けられなかったから
逆、協力的でもあった
昔のことだがボーイングは一部の機種の完成機を日本で作らせる話も出ていた
川重みたいにライセンス生産とかで学ぶ姿勢を三菱は持てなかった
たまたま失敗したみたいな言い方すんなよ、*が
これ本当に意味分からないよな
意地悪で型式取れなかったのか、
開発側がアメリカを無視したのか
型式証明をとるという発想がなかった
のでそれに必要な準備をぜんぜんしてなかった
いざ必要性に気づいて取りかかろうとすると書面一枚一枚の審査みたいなのが必要で、開発があらかた進んでから取りかかるには出遅れすぎていた
ちなみに型式証明をとるというのは世界の趨勢
みたいな流れで、三菱の手落ちのはず
MU-300も結局今となっては米国機でしょう(笑)
それも国損やろ
一機も売れてないのにミュージアムつくった時点で
アタオカだと思うたわwwwww
東大大学院教授がNHKの番組で言ってた
うちの高校上がりの学生は何かを提案しても口ばっかり達者で作ろうともしないって
きっとそんなのを集めて飛行機作ろうとしたんだろうなって思った
技術者はフットワークが軽くないといけない
そのためには技術力がないといけない
頭でっかちじゃ話にならない
日本の高度成長を支えたのは頭でっかちではなかっただろう
実際空を飛べる飛行機は作れてんだよ
だから米の役所とのコミュニケーションが何で出来ないのかそこが理解出来ない。
なんかそれっぽい
形式証明書を取るのに苦労したのは技術者一人一人の責任か?と思うよなあ
むしろこれって経営陣の見通しとか計画性がなかったことの結果のような気がするなあ
型式証明の話し合いなんてプロジェクトリーダーレベルでやるだろ
現場や末端なんて関係ないよ
詳しく(´・ω・`)
未だに良く分からない
GEと合弁で現地法人作って殆どアメリカ人だけで作ったから
アメリカに払う物払ったから
三菱重工の客船事業撤退に関する事業報告書の内容が吐きそうな程酷い…
https://togetter.com/li/1038490
(出典 pbs.twimg.com)
やっぱり町工場のアレみたい
俺はソフトウェア開発を想起した
ポンコツ企業の三菱重工業w
懐かしいなー
2番船の納期延長のおかげで長めに仕事できて助かったわ
セスナ程度のホンダジェットと比べるのは違うかな
そもそも開発の初期段階でやるべきことをやってない
型式証明を取るために必要なことの洗い出しとか始めの方でやって
それを設計に反映していかなきゃならないものだろう
そういうのを指示したり、そのための組織を編成したりするのはトップの仕事
そんな会社ならとっくにつぶれてるだろ
そこんとこ詳しく(´・ω・`)
安全性能を満たさなかったから
なんか他人事みたいな記事だなw
そりゃ駄目だわ、誰も責任とらない国、ニッポン
消えたカネは誰の責任?
ベンチャー事業で責任を問うのは違うな
投資した人間の問題
転進だから敗走じゃない
..この100年間進歩無いねえわーくにながら
トヨタ喜三郎は外国の車を購入して解体して勉強しトヨタ自動車を作った
経営者はトヨタ喜三郎の爪のあかを煎じて飲め
・操縦席が単座であわてて改造 戦闘機と同じに作った
・コンピュータが集中式になっており分散方式に設計変更 そんなことも知らない間抜け
・認定を得るため試験、申請の仕方がわからない
・部品の購入先がわからない
・電気配線の仕方がわからない
・主翼の強度不足で再設計
・気密室の作り方がわからない
全くのお手上げ
あわてて海外の航空機メーカの技術者を200人雇いその下で開発を推進
挙句の果て航空機メーカから技術泥棒で訴えられる
何やっているの三菱さん ライバル機を買って学べば大半はできていましたよ
MRJがこけても次期戦闘機でもけるさ
なん*ごいな
いや酷い意味で
これは酷い(´・ω・`)…
日本の形式認定すら取れなかったというか
日本には航空機の形式認定の基準すらなかった
大型ジェット機をつくって
アメリカの空港に着陸できないです、となると
航空会社がその飛行機を買いますか?ってこと
甘やかさなくて良い。
徹底的にやらないとわからんよ日本人は
トヨタ自動車子会社の日野自動車の不正も暴いてくれて
本当にアメリカさんに感謝ですな
次期戦闘機の設計をしてる
ライバルになる可能性が有る日本の旅客機なんて認可する筈が無いって事だろ
中国の通信事業が強くなったらアメリカ政府は規制をかけたもんな
頭が悪いな(笑)
>>72